×アルバーン戦記〜4つの月〜 ウィルハの章‐2‐


 ウィルハ・F・アンドロマケー。元・東大国の武人。色々悪い運が重なって、今は国を追われる賞金の塊。酒は好きだがあんまり飲めない。疑り深いけど単純。

 きっと、今自己紹介をするならこんなところだ。いまいちマイナスイメージな言葉が多いのは、朝っぱらから人様に、えれぇメーワクをかけちまったせい。あと、思わぬ出費だ。愛弓「連」のつるを買い換えようと思っていたところなのに。

 赤いマントが、手入れの行き届いていない石畳に映える。

「いい服きてんな、ダンナ。」

「あいにくと俺は、誰かの旦那になったことはない。」

 足早に、声をかけてきた男から遠ざかる。ジルミット帝国はあまり治安がよくないと思われる。というか、管理が行き届いていない。その割りに国家の財政が悪くないのは、癒着やら賄賂やらっていう、「つまりそういうこと」なんだろう。

 あちこちから、怒声は聞こえるわ、酔っ払いは路上に寝てるわ、なんかえんえん呟いてるルンペンはいるわ。

 かかとに金具が入ったブーツは、乾燥した石畳にぶつかって小気味のよい音がする。俺は、角を左手に曲がった。

「そのガキ捕まえろ!!」

 怒声が響いた。

 またか。

 俺は、ため息すらつかなかった。この怒声にも、もう慣れてきた。慣れていなかったのは、次の展開だった。

 どん、と小さな衝撃。

「・・・!」

 子供。

 俺の思考は、そこで妨げられた。

「背中っ、かして!!」

 ばさ、と砂よけのマントが跳ね上がる。

「な・・・っ。お前!」

 小さな身体は、俺のマントと背中に、すっぽりと隠れてしまった。

「どこへ行ったァ!?ガキ!今度こそ、溶かして豚の餌だ!」

 センスのない物騒な叫びと共に、初老の男が建物の陰から飛び出す。土壁を背に、男を避けた。オレには目もくれず、男は走り去った。もとは白だったと思われる、土色のエプロンは、男と空気の間で懸命に暴れていた。

「・・・米屋かなんかか・・・?」

「この辺は、水が少なくって米なんて獲れないよ。」

 子供の声で、いっぱしに人を馬鹿にした科白が背後で聞こえる。

「・・・。つきだしてやろうか・・・?」

「あっ、うそ。ごめんごめん。」

 マントから出てきた顔は、砂に汚れた少女だった。

「つきださないで。ほんとごめん。」

 少女は手を合わす。俺は無言で睨みつける。

「・・・お、お金も、ないし。」

 急に、語気が弱くなり、視線を泳がせる。

「ごめ・・・。」

 少女は、びくりと身体をふるわせた。俺が、頭にくしゃりと手を置いたからだ。

「22番地の寺院ってどこだ?」

 少女は、俺の顔を見つめた。




 教会の朝は早い。夜も早いが。赤のかかった黒い髪。肩の下ほどの長さだがザンバラ。朝焼け色の鋭い勝気な目と言葉遣いが男勝りなので一見、少年。

「ただいまー!暁姫っ。」

「やあジャム。ミサさぼってどこ行ってたのかな?」

 顔は笑って声は怒ってる。器用だ。薄汚れた少女はジャム。愛称だそうで、ジェミリオンというらしい。少年のような少女はキョウキ。凶器狂気侠気・・・なんとなく空恐ろしい。

「そっちの真っ赤なおっさんは?」

「ウィルハ・F・アンドロマケー!!年は18!!」

「それは失礼。あんた随分疲れた顔してるから。いや、老けた顔?」

「聞かれても。」

 ジャムに風呂に入ってくるよう告げると、暁姫はオレと向かい合う。

「なんか見た顔。」

「・・・っ。」

 動揺してはいけない、動揺しては・・・。

「まあいいか。ウィルハ・F・アンドロマケー、年は18歳サン。こんな廃屋寸前の教会に何の用?」

「単なる使いだ。あっこの宿の。」

 きらり。と暁姫の目は輝いた・・・のか?

「じゃあ、立派な客か。入れ。」

 俺に背を向けると、すたすたとジャムが入っていったのとは違う建物に入る。俺は、垣根を超え、後を追う。

「こっちが教会。偶像崇拝禁止派だから、ミサ用の椅子しかない。ミサに来るやつなんていないけど。」

 扉を開け、どんどん進む。

「ここ、一応、応接室。」

 なんか独特の、なんというか・・・いちまーい、にまーい、とか聞こえてきそうな妙な部屋。

「あ、あんた分る人?ここの結構前の神父なんだけど、熱心な宗教家の振りして、悪魔崇拝してたんだと。最後気ィ狂っておっちんじまったけどな。」

 顔は見えないが、口調はさも愉快そうだ。やめてくれ・・・。

「暁姫、ジャムちゃんがお客や言うてたから、茶ぁ入れてったで。」

 開きっぱなしのドアから、声がした。声も出ないほど驚いた。声がしたことと、そこに現れた者に。

 よく見ると美人。更によく見ても美人。どこの国のものか、銀に輝く長い髪、サファイヤの目、長い睫毛、通った鼻筋、細いあご。そして、バランスのとれたプロポーション。今は麻のシャツにジーンズだが、黒のスリップドレスなど、よく似合うであろう。

「ありがとう。サイネリアは?」

「洗濯もん終わったから、リラちゃん看てる。」

「左様か。」

「粗茶ですが。」

 言葉には少々西の訛り。美人から茶を受け取った。

「どうも。」

「こいつに惚れるなよ。クオは私のだ。」

「失礼します。」

 暁姫のセリフは、俺の時間を止めた。

 クオさんは、オレに会釈し、普通に部屋から出て行った。






×NEXT×