×アルバーン戦記〜4つの月〜 ウィルハの章‐3‐ 「すまんな、菓子も出ず。」 「いや、俺はこれをもってきただけだから。」 と、女将から預かった大きな袋を渡す。実は結構重い。 「あの宿には、いつも世話になりっぱなしだ・・・。」 自嘲の笑みだった。似合わん。 「ここな、潰れるかどうかの瀬戸際なんだよ。」 「あ、まあ・・・。」 建物を見たら分る。俺は窓の外を見た。子供だ。さっきのジャムもいる。 「最近な、ジルミットが元々持ってた宗教、国が潰そうとしてるんだ。」 「えと、そういう話は、オレちょっと疎いんだが・・・。」 「ああ、そういう顔をしている。」 射抜いたろかこのガキ。 「『混沌が全てを生み出す』。」 「それか。確か習った。この世界で二番目に古い宗教だったか。」 「鶏のトサカみたいな頭で、よく覚えているな。」 利き手に思わず力が。いかんかん。相手はオレより小さい・・・。 「国が新興宗教を立てようとしているんだ。だから、布施もないし、第一国が許してくれない。この、小麦粉だけが、あいつらを育てている。私が、本当に信仰者だったら、とっくにあいつら死んでいる。」 「つまりお前らは、崩れかけた教会にかってに住み着いてる奴ら、というところなんだな。」 「私は、だ。」 眼光が何かを射抜いた。ただの子供ではない、見かけは12,3なのに。 「私とクオ、もう一人、翼というが。私たちこの3人だけだ。・・・あの子供たちは、疲れることに、信仰心を持っている・・・。」 「私がここに住み着く前だ。出入りは気まぐれにしていたから、少しは仲のよくなった奴。」 声がだんだん低くなる。 「ここの前の神父は、国側の弾圧を受け、・・・殉教。・・・馬鹿なヤツ。」 最後は独り言だろう。 「あの子供たちは、そいつが拾った孤児たちだ。」 暁姫は天井を仰ぐ。人に顔のような染みがある。 「今でも、あいつを『ゴットファーザー』と呼んでいる。名付け親、と、尊敬すべき第三の父、と。」 一の父は混沌、二の父は大地、三の父は名付け親、だ。 「経典を絵本代わりに読んでいるんだぞ?引き算もしんどい子供が。」 足のそろわない机に肘をついて手を組み、額を乗せた。初対面のオレには見せたくない表情なのか。 ここは、潰せない。口はそう動いた。 『あの馬鹿』のためか? 違うな。誰かのためになんていう生易しいもんじゃない。この、暁姫という少女、何か強いものを持ち、それを崩されたということが許せないのだ。自分のため?違う、ただの我侭でもない。何かが彼女を突き動かす、何処かから自分の中に溢れ、内側を穢す衝動。いつも彼女の目は真っ直ぐだ。何かに向かって真っ直ぐ。先にあるものは・・・涙、血、叫び。叫ぶのは誰だ。彼女か。彼女の視線に射ぬかれた者か。誰の涙だ。誰の血だ。彼女の視線はなにを射抜いたのか。 「信念か・・・?」 「え。」 なんでもない、そう言うと、彼女はいぶかしんだ顔をすると、まあいいや、というふうに続けた。 「ウィルハさん、今夜もあの宿?」 「いんや無理。器物損壊罪だ。」 「行くあて、ないの?」 「あるっちゃ・・・あるが多分行ったら殺される?」 「あんたも訳在りか。」 ふー。と、一つ息を吐き出すと、 「殺されないすべが思いつくまで、ここ泊まってけば?飯は保障できないが。」 「あ、それなら、どっかで賞金首でも捕まえてくりゃオレ一人分何とかなる。」 「コドモの前で言うなよ・・・それ。」 確かに。 「暁姫、リラが泣き止まない・・・。」 そいつ自身も今にも泣き出しそうな顔をして、ノックをして入室した。十に足らずの少年だ。 「わかった。行こう。」 暁姫は席を立つ。 「ウィルハさんもこっちに来るといい、あっちの方がいろいろある。」 「ウィルでいい。何かできることは手伝おう。」 「そうか。ありがとう。」 乾いた土と処理の行き届かない雑草を踏み、聖堂と同じ敷地内にある建物にはいっていく。黄ばんだ白い壁。ヒビが入り、蔦が這う。一階建ての直方体。窓のガラスはかろうじてある。 「リラ、どうした、足痛いか?」 暁姫はやさしく問う。 リラと呼ばれた少女は5歳に満たないくらい。枯れかけた声で泣く。改めて、少女を見る。愕然とした。 足がない。 右足だ。 「それ、役人がやったんだ。」 背後から声。金の短髪に金の瞳。整った顔。見ているだけで暑苦しい真っ黒な服。 「オレ翼。手ぇあいてるなら手伝ってくれ。暁姫、いいか?」 「ああ。」 月の色をしたピアスを舞わせ、彼はかつかつと廊下を抜けた。突き当りを右に。そして、木製の扉を開ける。立て付けが悪いのか、ノブを回すと同時に、ドアの足元を蹴る。 「ここ、洗濯場。あのかごの中身、あっちに干して。」 てきぱきと指示を出してくる。翼の指の先には、竹と縄だけで作られた物干し台。手作り・・・。 パタパタと他はめくシーツの影から、見覚えのある顔が出た。 「あんた、なんでまだいんの?」 「年上には敬語!」 ぺしこん、と小気味よい音がした。 「何よダグラス!はたくことないでしょ!」 「喧嘩を、するなァ!」 洗剤の多少混じった水が二人にかけられた。確かにいい手段だが、この翼という男、ひょっとするとかなりの不言実行タイプかもしれない。 「後は干すだけ。任せていいか?あと、繕いもんが残ってるんだ。」 「わかった。」 大の大人で金髪で黒ずくめの男が、背中をまげて繕い物。・・・見たくないな。俺はおとなしく物干し竿と湿った服に向き合った。 「手伝うよ。」 「ああ。あっと、・・・。」 「ダグラス。多分今年で8つ。」 「そうか・・・。ありがとう、ダグラス。」 「あたしもやるわよ。」 「ジャム?」 「町で助けてもらったし。」 仕事は、思いのほかすぐ済みそうだ。 ×NEXT× |