×アルバーン戦記〜4つの月〜 オヴェリアの章‐4‐


――どうにかしてあのネレイドを、何処かにやってしまえないかしら、

 おそらくアニタは森に入る直前にこのような事を考えていたのだろう。周囲に立ち込める鉄錆のにおいを気にもかけず森に入ってしまった。

「ネェ、オヴェリアさん.その子って…」
「アア?」
「い・いえ.あの,ダイスの森の呪いって随分古いんですよぉ」
「…それで?」
「で、そんな古い呪いにかかるって事は…ですよ?」

 少し苛立ちを感じながら、(表情には出ない)オヴェリアは聞き返す。

「だから?」
「その人、かなり呪いにかかりやすいって事ですよ」

 そして付け加えた。

「このまま、森に入るのはすごく危ない事なんじゃ…」

 オヴェリアは不覚にも黙り込んでしまっていた。実は、森に入ったところ辺りで、しばらく前になくしてしまった自分の愛刀『神剣キグナス』のことが気になりはじめたからだ。
 今までこの数日間、忘れていた訳では決してない。ここ最近が忙しかったのだ。

 まだ故郷にいたときにも野党に盗まれたり、しばらく手元になかったりしたのだが、万が一の時やどうしても必要になったときには必ず、どういった経緯であれ自分の元に帰ってきた。
 それなのに、この今、その自分の愛刀がここにないことがこんなにも不安でたまらない。

―――どうした事だろう…

「あの…?」
「ン?…あ、ああ。すまん。……じゃあどうするか。ここにおいて置くのが得策…か?」
「鴉とかにつれてかれたら、お前助けてくれるって事だよな。」

 ネレイドはすかさず反応した。

「それは面倒だ。」
「ザケンナ。」

 その時だ。

「あ,お,オヴェリア…さん」
「え…」

 オヴェリアは振り返った.正確には肩に乗ったネレイドも、だ。

 一瞬の不意をつかれた。


「イッ…キャアアアアアッ!!」
「アニタ!」

帯びの端が千切れた。

「チィ!小動物、しっかりつかまっとけ!!」

 跳ぶ。
 王家の血の恵まれた跳躍力.赤い眼をもつ相手は一瞬動きを止める。
 その時である。

「――――――――――――――――ッ」

 意識が消えかける。そして耳鳴り。

「オヴェリア!何やってんだ!?」

 肩の方から呼びかけられ我に返った。

「……呼ばれた。」
「あァ?」
「『キグナス』だ…。」
「え…おま…『キグナス』…って…?」

 染め直したての黒髪をなびかせて着地する。

「おまえさぁ…『本』…どうした?」
「本って…『白い本』の事か?」

 オヴェリアは力をこめて肯いた。

「言わなかったか?…恥ずかしい話だが、この森で呪われた時になくしたって。」

 『白い本』というのは、『知の神子』のみが見ることが出来るという神器で、世界中すべてのものが記されているというものだ。

「…………」

 しばし無言が続く。

「『白い本』だがなァ.ひょっとしたら戻ってくるかもよ」
「え…?!」

 再びオヴェリアは躍り上がった。
「俺の『キグナス』と一緒にな!!」
 横から飛んでくる魔物の爪に短刀で応戦しながら叫んだ。


「あ…いったぁ」

「おう!平気か?アニタサン?」

 ネレイドはふと気づき声を掛けた。

「ア・うん。ちょっと動けそうにないわ。ごめんね。この奥に傷に効く薬草が生えてるの。取ってきてもらえないかしら…?」
「あぁ。知ってる.白い縁の奴だろ.取ってきてやる。」

 言い残すと、白い小さ体は草の間に隠れて行ってしまった。

ヒギィイァ!!
 金属音のような音がし、アニタは向き直った。

「あァ。ヤッダヤダ!こうゆうときに白い服ってやなんだよ」

 そう言うオヴェリアの服は白地なのか黒地なのか判らないくらい、,魔物の真っ黒な血が飛び散っている。手にはなにか帯に包んだ長い物を持っている。

「アレ?小動物は?」
「あ,あの子なら…」

 言いかけて彼女は首を振った。

「あ,あの…オヴェリア…さん」
「なァに?」

 アニタは口元に手をやった。

「あの、私,…あなたの事…好きです。」

 ………
 沈黙。

「ならさぁ…アンタこれ持てる?」
「え…これ…?」
「ソ。」
「って…きゃァあ!!」

 そりゃあ,誰だって飛びのくだろう。もう片手にオヴェリアが持っていたのは,血があふれ出す魔物の残骸だったのだから。

「フフ.無理?」

 オヴェリアは悪戯っぽく笑い、左手を差し出した。

「無理に決まってます!」

 強気に言いながらも、アニタはひとことずつ言うたび,後ずさっている.

「ふうん。じゃあ仕方ないけど、さっきの科白は聞かなかった事にしとくよ」
「え!?」
「悪いんだけどさァ。あんたこの残骸触れないっつったよな。でもな、そんなあんたを俺は受け入れる自信無いから。仲間だって居る。俺にとって、君の存在は邪魔なだけだって・・・理解してくれる?」
「ネレイド?」
「アア。」

 ――――あいつだけじゃないけど。

「俺は、こういうのが触れない人間より、触れる人間の方がいい。」
「そッそれなら…私、だって…ッ」

 言いかけたアニタの口にオヴェリアはそっと右手の人差し指を当てた。荷物を足元において。

「それ以上は口に出さない方がいい。俺はそんな事を言ってもらえる人間じゃないし…」

 オヴェリアは一息ついて続けた。

「あたしは、女だから。」

 アニタは、呆然とオヴェリアの顔を見つめていた。



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